わさび
わさび(山葵)とは
厳しい環境の中でゆっくり生長
わさびはアブラナ科多年草の日本原産のハーブです。水温10~13℃の夏でも涼しい冷涼な気候を好み、厳しい環境の中で2~3年の歳月をゆっくり過ごして生長します。全体に芳香や辛みがあり、特に根茎には強い辛みを持っています。その香りや辛みは鮮魚や醤油などによく合うため、和食に欠かせない香辛料のひとつとして古来より食されてきた歴史を持っています。学名は「Wasabia Japonica Matsum」、漢名の「山葵」は葉の形が葵の葉によく似ていることから、この字が当てられたといわれています。
古い食用の歴史を持つわさび
わさびの食用の歴史は古く、飛鳥時代(666年)の木簡に「委佐俾(わさび)」の名がみられ、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』(鎌倉中期の説話集 1254年成立 橘成季著)には野生わさびを採ったことが、『和漢三才図絵(わかんさんさいずえ)』(我国最初の図入り百科事典 1713年刊 寺島良安編)にはそばの薬味として利用したことが著されています。わさびの栽培が始まったのは江戸時代。栽培は慶長年間(1596~1615年)に静岡の地(現在の静岡市葵区有東木)で始まり、その後各地域へ広まっていったと考えられています。また、献上品として栽培されたわさびを食した徳川家康は、その香りと辛みを絶賛し、有東木のわさびを門外不出にしたと伝えられています。
わさびは3品種あり、すりおろすと色が違う
わさびは葉の付け根の色彩により付け根の赤い赤茎種、付け根の緑色の青茎種、付け根の白い白茎種の3品種があり、ポピュラーなのは青茎種です。青茎種はすりおろすとキレイな緑色になり、品質的にも優れているため各地で栽培されています。白茎種は根茎が白く、すりおろしても緑にならず、味がよいとされる赤茎種はすりおろすとくすんだ緑色になります。
栽培上の違いによる「沢わさび」と「畑わさび」
わさびは流水中で栽培される「沢わさび」「水わさび」と、畑地で栽培される「畑わさび」「丘わさび」があります。沢わさびはキレイな湧水の湧く場所で、畑わさびは比較的湿気の多い畑などで栽培され、通常わさびと言えば流水中で栽培されるわさびを指しますが、両者は作物としては同じものです。畑わさびの根茎は小ぶりなため、葉、葉柄を含めほとんどがわさび漬けなどの加工原料として使われています。
細胞を破壊することで生じる香りや辛み
わさび特有のツーンとくる香りや辛みはわさびの細胞を破壊することで生じます。そのため、わさびをすりおろしたり、葉茎を下ごしらえする際には「細胞を破壊する=怒らせる」という作業を行います。いかに細かく細胞を破壊することができるかで特有の香りや辛みが出るので、すりおろす時には目の細かいおろし金を使い、「の」の字を書くようにゆっくりすりおろします。わさびの根は頭の部分の方が辛みが強く、すりおろしてから小さな密閉容器に入れ、数分(3分ほど)逆さにしておくと香りと辛さが一段と引き立ちます。ただ、このわさび特有のツ~ンとくる香りや辛みは揮発性のため5分ほどで徐々に失われていきます。
わさびの代用品として用いられるホースラディッシュ
ホースラディッシュは「西洋わさび」「わさび大根」とも呼ばれるアブラナ科多年性の根菜です。原産地は気候が温和な東ヨーロッパ一帯で、日本では北海道で栽培されています。長さ20cmほどで表面は白く、香りも良いため、西洋料理ではすりおろしてローストビーフに添えたり、ソースやバターに加えたりして利用されています。わさびと風味が似ているため、粉わさびの主原料やチューブわさびなどの辛みなど、わさびの代用品として使用されています。
わさび(山葵)に含まれる主な成分
わさびは、和食の代表ともいえる「刺身」に欠かせない香辛料のひとつです。特有の辛みや香り成分は揮発性のからし油(イソチオシアネート)類で、ビタミンCやカリウムを豊富に含んでいます。従来よりわさびには食欲増進や抗菌、ビタミンB1の合成促進などの働きが知られていましたが、昨今の研究により、辛みや香り成分の持つ様ざまな効能(新興細菌に対する抗菌、発がん抑制、血栓形成抑制、骨粗鬆症抑制など)が発見され発表されています。
約90%も含まれるアリルイソチオシアネート
わさび特有の辛みや香り成分のもとは、からし油配糖体シニグリンです。すりおろすと細胞膜が破れ、シニグリンはわさびに存在する酵素ミロシナーゼによって加水分解され、辛み成分のアリルイソチオシアネートなど数種の物質に分かれ独特のツーンとした辛みや香りを生じます。このイソチオシアネート類がわさびに含まれていることを最初に報告したのは静岡大学の衛藤英男教授と伊奈和夫名誉教授です。アリルイソチオシアネートはわさびのからし油の内、約90%と多量を占める成分で、生わさび100g当たり約0.3g含まれているといわれています。
強力な殺菌作用や抗カビ作用、殺虫作用も高い
アリルイソチオシアネートには、強力な殺菌作用や抗カビ作用があることが報告されています。病原性大腸菌O‐157、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ菌などの食中毒菌に対する抗菌効果に優れ、これらの菌はわさびおろしの中で12時間ほどで死滅すると報告されています。また、アリルイソチオシアネートは大衆魚介類に多く寄生する線虫幼虫の活動を抑制する働きに優れており、サバなどに多い寄生虫アニサキスを生わさびのすりおろし汁と食塩水の混合液に浸けると、約7時間で活動が停止するといわれています。
レモン汁を加えると、殺菌力が倍増する
わさびにレモン汁を1滴加えると、アリルイソチオシアネートの量が急増し、殺菌力が倍増するという報告もあります。これはレモン汁に豊富に含まれるビタミンCが酵素の働きを活性化するためです。また、わさびは古来より殺菌・抗菌作用が知られており、食中毒予防として弁当箱のフタにわさびを塗る(根わさびの切り口で拭く)などのひと手間で弁当の腐敗を防ぐ知恵が伝承されています。
過剰な活性酸素の産生を抑え、抗がん作用に働く
辛み成分はがん誘発に働く焼け焦げ物質の分解に働くと報告されています。ヒトのDNAは誤った情報が伝達されると遺伝子の変異に伴う疾病、例えばがん細胞を発生しますが、わさびには過剰な活性酸素の産生を抑え、がんなどの各種疾病の予防や緩和が期待されています。ヒト胃がん患者のリンパ節転移由来細胞の増殖を著しく抑制する、さらにマウスの足裏にがん細胞を移植し、辛み成分を投与すると肺や肝臓への転移を抑制するという実験結果も報告されています。また、わさびと茶の相乗効果の研究(静岡県立大学・木苗教授)では、わさびと茶を一緒に取ることでがんに対する予防効果が高まることが有望視されています。
胃・十二指腸潰瘍を予防し、食欲増進に働く
わさびの香りや辛み成分には胃酸の過剰な分泌を調整し、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を防ぐ働きがあります。適度な刺激作用(辛みや色彩)が食欲増進に働き、唾液の分泌とジアスターゼの活性化を増加させるため、消化吸収が促進されます。
特有のツーンとした香りが血栓予防に働く
わさび特有の香りには血液中の血小板の凝集を抑え、血液凝固を防ぐ働きがあります。この報告は森光康次郎助教授(お茶の水女子大)らの研究によるもので、「わさびには同じアブラナ科野菜であるにんにくやたまねぎに匹敵する血小板凝集阻害活性がある」と発表しています。ヒトは老化とともに血栓ができやすい傾向を持っており、その対策として日常的にアブラナ科の野菜を取ることで、血液がサラサラになり、動脈硬化や心疾患などの予防に有効に働くとされています。わさび特有の香りは西洋わさび(ホースラディッシュ)や粉わさびには存在しないので、血液サラサラ効果を期待するなら本わさびを摂取するとよいでしょう。日本が欧米に比べて血栓症が少ないのは、わさび根茎をすりおろして香辛料として食するという食文化が影響しているとの指摘もあります。また、血液サラサラ効果は酒粕の酵素と一緒になることでより高まるといわれており、わさび漬けは血栓予防に有効な食べ物です。
辛みや香り成分が認知症機能改善に働く
わさびの辛みや香り成分には脳細胞の再生を促し記憶力や学習能力を活性化させる働きのあることが、名古屋市立大学院医学研究科の岡嶋・原田両氏の実験によって報告されています。同氏らはヒトの胃や腸の知覚神経が唐辛子などの辛みや熱さなどの刺激を受けると、全身の細胞の増殖を促進するたんぱく質「インスリン様成長因子‐I(IGF‐1)」が多く作られ、認知機能が改善されることを解明しており、同様の効果がわさびにもあることを突き止めました。
骨粗鬆症予防に働く
わさびの効能として骨増強作用が挙げられます。2002年、静岡県静岡工業技術センターと静岡県立大学が沢わさびの葉柄から抗骨粗鬆症作用を発揮する骨量増進組成物の抽出に成功しました。マウスの実験ではマウス頭頂骨の骨量増進作用が見られ、わさびは骨粗鬆症に有効と期待されています。
わさびしょうゆ漬けの作り方
わさびの葉茎はそのままだとあまり辛みは感じられません。わさび特有の辛みを引き出す方法として、揉むなどの衝撃を与える通常「怒らせる」という作業をします。この工程を経ることにより、わさびの辛み成分が酵素によって生成され、特有のツーンとした辛みが生じます。
わさびしょうゆ漬け
- わさびの葉茎にたっぷりの塩をふり、両手でよく揉みこむ。揉みこむ間にアクを含んだ汁が出てくる。
- 鍋にたっぷりの湯を沸かし、塩揉みしたわさびを入れ、再度沸騰したら冷水に放し、すぐにザルにあける。
※冷水に放すのは温度を下げるためなので、素早く水をきる。
- 食べやすい長さに切り、密閉容器に入れてフタをし、強めに振り、しばらくそのまま置く。密閉した容器に入れて強く振ることで、辛み成分を生成させる。
- 容器に調味液(醤油:みりん:酒=2:1:1)を注ぎ入れ、フタをする。翌日から食べることができる。
わさびレシピ
わさびはツーンとくる特有の香りと辛みに優れた薬効を含んでいます。特に根茎には強い辛みがあり、すりおろして使うのはこの根茎部分ですが、葉・茎・花の部分も丸ごと食べることができます。わさびは和食に欠かせない香辛料のひとつですが、昨今の研究で健康維持や増進に有効な食品として位置付けられています。機能性が高く、たんぱく質・糖質・脂質などと食べ合わせると、体の生理機能が整えられて免疫力が強化し、生活習慣病予防に有効な食品になります。根茎部分が残った時は、水気を拭き取りラップできちっと包み冷蔵庫で保存してください。保存している間に多少黒ずんできますが、味には影響がありませんので、その部分を取り除いて使用しましょう。葉・茎・花はしょうゆ漬けやわさび漬けなどにすると長期保存をすることができ、さまざまな料理の食材として利用することができます。