納豆
日本生まれの発酵食品「納豆」
日本生まれの発酵食品
納豆は蒸し煮した大豆に微生物を培養し、発酵させた日本生まれの食品です。その誕生は古く縄文時代といわれ、平安時代の中期に著された『新猿楽記(しんさるがっき)』(著者:藤原明衝(ふじわらのあきひら))に、はじめて「納豆」という文字が登場します。そして納豆が普及するのは江戸時代。江戸の町には納豆売りの声が響き渡り、江戸中期になるとそれまでは冬の味覚であった納豆は、年間商品へと成長していきました。
糸引き納豆と塩納豆
納豆には枯草菌の一種である納豆菌を唯一の発酵菌として粘質発酵させた「糸引き納豆」と、こうじ菌を主要発酵菌として大豆こうじを作り、これに塩水を加えて数ヶ月から1年間熟成させた「塩納豆」の2種類に大別されています。今では糸引き納豆が主流ですが、かつてのワラ苞利用の天然納豆は自然環境などの影響を受けやすく、今日のように糸引き納豆が安定的に製造されるようになったのは近代になってからといわれています。
身近な稲ワラが納豆を誕生させた
糸引き納豆製造時に用いられる「納豆菌」は、枯草菌の一種で、学名を「バチルス・ナットウ」といい、人間と同じように空気呼吸し、生存条件が悪くなると胞子を作って休眠してしまう性質を持っています。高温を好んで乾燥を嫌う性質は、高温多湿の日本の風土と相性がピッタリ。大きさは2.3ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)ほどで細長い形をし、空気中に浮遊し、特に稲ワラに多く付着しています。農耕民族の日本人の身近にはいつも稲ワラがあり、日本で納豆が誕生したのはごくごく自然の成り行きといえましょう。
ネバネバした糸にうま味がある
納豆特有の粘質性(ネバネバした糸)を敬遠する人もいますが、納豆のうま味はこのネバネバした糸にあります。納豆の糸はポリグルタミン酸という一種のアミノ酸と、フラクタンという糖質が結びついてできたものです。ポリグルタミン酸はうま味成分のグルタミン酸が多数結合したもので、納豆の発酵が進むほどに増加する性質を持っています。ですから、納豆をよく混ぜて糸を引かせれば引かせるほど、グルタミン酸効果が高まり、うま味が増していくのです。
生きたままで腸に到達する納豆菌
市販されている納豆1gの中に、生きたままの納豆菌が10億個以上も含まれているといわれています。納豆同様に生きた菌を食べる発酵食品として、ヨーグルトや甘酒などがありますが、納豆ほどに生きた菌を多く含んでいる食品は他にありません。さらに納豆菌は気温が10~60℃くらいの範囲で活動できるため(もっとも活発に繁殖するのは40~42℃)、生きたままで腸に到達することが容易です。そして強い生命力で腸内に到達してからも生き続け、ビフィズス菌などの善玉菌の増殖を助けて、整腸効果を高めるなどに働きます。
強い繁殖力を持ち、さまざまな酵素を生み出す納豆菌
納豆菌は非常に強い繁殖力を持っています。繁殖を開始すると、約30分ごとに倍、倍と増えていき、数時間後には天文学的な数となります。繁殖過程でさまざまな酵素を生み出し、酵素は納豆菌と一緒に免疫力を高めるなどの健康維持に働きます。特に納豆菌が産生するタンパク質分解酵素は強力で、発酵中に大豆のタンパク質は加水分解を受け、50%以上が水溶性タンパク質になります。そのため、納豆は大豆食品の中でも消化性が高く、吸収率は90%前後という消化吸収に優れた食品となっています。
納豆に含まれる主な成分
納豆にはさまざまな成分が含まれています。三大栄養素のタンパク質、脂質、糖質をはじめ、ビタミン、ミネラル、食物繊維と、その小さな一粒に健康を支える多くの栄養成分が含まれています。ここでは納豆特有の成分について説明しましょう。
吸収率が高くアミノ酸バランスに優れたタンパク質
納豆のタンパク質は、肉に近いアミノ酸組成をしているため、「畑の肉」と呼ばれています。動物性タンパク質の過剰摂取はコレステロール増加などの心配がありますが、植物性タンパク質である納豆にはその心配はありません。タンパク質は人体から水分を除いた重量の1/2以上を占め、血管をしなやかにして体細胞の若さ維持に欠かせない成分です。納豆のタンパク質はほぼアミノ酸化しているため、吸収率が高く、食べてから30分前後で小腸から吸収され、血液の中に溶け込んで全身に運ばれ、即力を発揮します。国産大豆の場合、極めてアミノ酸バランスのよいタンパク質が、100g中35g強含まれています。マグロ約24g、牛肉約20gと比較してもその含有量が優れていることが分かるでしょう。
高い血栓溶解効果を持つナットウキナーゼ
ナットウキナーゼは、1987年須見洋行氏によって発見された納豆特有の酵素です。原料の大豆には含まれず、納豆菌の繁殖によって粘り(糸)の中に作り出される成分で、275のアミノ酸からなる比較的安定的なタンパク質です。経口投与されると活性を持ったまま腸内まで到達し、高い血栓溶解効果を発揮します。血栓とは血管の中にできるゴミのような塊で、それが血管に栓をしたり血流を妨げたりすることで起こる病気が血栓性疾患です。昨今の日本人には微小血管が次第に詰まって流れが悪くなる脳血管性が社会的な問題になっていますが、ナットウキナーゼはこの血栓を「煙突掃除」をするように溶かしていく働きを持っています。酵素のため熱に弱く、血栓溶解の効果を期待するなら高温で加熱する調理は避けた方がよいでしょう。また、人体のバイオリズムから考えると、血液は夜中から明け方に固まりやすいので、納豆は夕食に食べた方が効果的となります。
骨形成に必須のビタミンK2
ビタミンK2は骨の形成を強化すると同時に、骨からカルシウムが流出していくのを抑える働きを持つ成分です。骨細胞でカルシウムを結合する一種の「糊」の役目をするオステオカルシンの合成に必須の栄養素で、納豆菌によってビタミンK2は約124倍にも増えます。ビタミンK2をこれほど多く含む食品は世界広しといえど納豆だけで、同じ発酵食品であるチーズやヨーグルトなどの乳酸菌、酒や味噌などの酵母ではビタミンKは合成されません。骨には人体の99%のカルシウムが蓄えられています。血液中のカルシウムが不足すると、その濃度を一定に保つため、骨に蓄えられているカルシウムが溶け出して調整に働くというメカニズムが働きます。特に女性は高齢になるにつれてこの骨からのカルシウム吸収が骨形成よりも高まるため、徐々に骨量が減少して骨粗鬆症になりやすい傾向にあります。厚生労働省が1995年に発表した「大腿骨頸部骨折の全国調査結果」によると、骨折する女性は東日本よりも西日本に多いという傾向が表れ、これに納豆消費量の統計を重ね、納豆摂取量と骨粗鬆症との逆相関の関係が「西高東低」として一時社会的な話題となりました。しかし、今日においては西日本でも納豆の消費は高く、「西高東低」の関係は徐々に消えつつあります。ビタミンK2は熱に強いため、ナットウキナーゼのように調理時に加熱の心配をする必要はありません。
記憶力を高めるレシチン
レシチンの主成分はホスファチジルコリンと呼ばれるリン脂質で、大豆や卵黄に多く含まれている成分です。大豆には100g中1480mgものレシチンが含まれており、体内に取り込まれると、肝臓で分解されてコリンとなり、血液中のコリン濃度を高めます。血液によってコリンは脳に運ばれ、記憶力を高める脳内の神経伝達物質アセチルコリンを増やします。つまり、レシチンはアセチルコリンの原料となり、結果、記憶力や学習能力の向上や物忘れなどの予防に有効に働きます。
女性ホルモンとして作用するイソフラボン
イソフラボンは別名「女性のホルモン」と呼ばれる成分です。大豆由来のイソフラボンであるデイジンやゲニスティンは、一種の女性ホルモンとして作用し、骨形成促進に働きます。60歳を過ぎた女性に多く見られる骨粗鬆症は、閉経による急激な女性ホルモン減少が要因といわれています。その時に女性ホルモン様に働くイソフラボンを摂取すると、骨が丈夫になり骨粗鬆症を予防することができます。イソフラボン分子は大豆よりも納豆の方が、はるかに吸収率が高まっているので、納豆を食べると効率的にイソフラボンを摂取することができます。
各地で食べ続けられている「納豆の食べ方・加工方法・納豆料理」
日本生まれの納豆は、北から南まで広く日本各地で作られ食されてきました。作り方も食べ方もその風土の独自性があり、今なお伝承され食べ続けられている納豆料理が各地に残っています。主だったものやユニークなものを紹介しましょう。
青森県 | おかず納豆 | 「お菜納豆」ともいい、納豆に塩と麹を混ぜ、再発酵させて作る。 |
岩手県 | 九杯汁 | 醤油仕立ての豆腐汁に、山芋のすりおろしと納豆を入れ、さっとかき混ぜてごはんにたっぷりかける。あまりの美味しさに九杯も十杯も食べられることが名の由来といわれている。 |
秋田県 | トゾ | 引き割り納豆に米麹、塩、大豆の煮汁、しょうがなどを加えて発酵させたもの。 |
山形県 | ゴト納豆(五斗納豆) | 米沢地方の郷土料理で、五斗も入る大樽で仕込んだことが名の由来といわれている。材料は納豆、米麹、塩、しょうが、七味唐辛子で、夏は1週間、冬は10日前後で食べ頃になる。 |
山形県 | おなめ | 酒田地方で作られていた郷土料理で、納豆に麹、塩水、昆布を加えて発酵熟成させたもの。 |
宮城県 | 納豆もち | 納豆をたたいてしょうゆ味にし、砂糖を加えるのが特徴。 |
福島県 | だらく汁 | 会津地方の郷土料理で、いろりにかけた大鍋でうどんを煮ながら、七味唐辛子をきかせた納豆だれで食べる。「だらく」は「腹いっぱい」の意味。 |
栃木県 | 桜漬け | 干し納豆、米麹、醤油、七味唐辛子、しょうがのみじん切りを混ぜ、発酵熟成させたもの。 |
茨城県 | そぼろ納豆 | 納豆、切り干し大根、塩をよく混ぜて熟成させる。 |
千葉県 | トウゾウ | 大豆の煮汁に納豆、麹、干し大根、塩を加えてカメの中でねかせる。 |
千葉県 | とぎ納豆 | 市原地方で古くから作られていた保存食。生干し大根を入れて作る納豆漬け。 |
埼玉県 | 納豆辛み漬け | 味噌に納豆、甘酒、赤唐辛子、きゅうりやなすなどの塩漬けを混ぜ、熟成させる。 |
東京都 | 納豆汁 | 江戸時代からの定番の汁物。味噌汁にたたき納豆を入れ、ひと煮立ちさせる。 |
山梨県 | 信玄の干し納豆 | 陣中の保存食として作られたと伝えられている。納豆を塩味にし、麦粉をまぶしカラカラに干す。 |
新潟県 | 佐渡の納豆汁 | さといも汁に、さいの目の豆腐を入れ、すりおろした納豆と薬味を入れる。 |
静岡県 | 浜納豆 | 糸を引かない納豆で、麹菌で発酵させた塩辛納豆。浜名納豆とも呼ばれ、浜名湖畔の大福寺で作られている。 |
富山県 | 寒雑炊 | さといも、いもがら、油揚げ入りの雑炊を作り、最後にたたき納豆と薬味を入れる。 |
奈良県 | 納豆鯉汁 | 古くから伝わる郷土料理で、「鯉の納豆汁」ともいう。一種の「鯉こく」で、たたき納豆を入れる。一休禅師が考案した「保蔵汁」が由来と伝えられている。 |
京都府 | 大徳寺納豆 | 浜納豆と同じく、麹菌で発酵させた塩辛納豆。 |
兵庫県 | イカの納豆和え | 糸切りしたイカと細切りにしたやまのいもを混ぜ、たたき納豆で和え、しょうゆ味にする。 |
熊本県 | コルマメ | 「星凍豆」ともいい、寒い夜に干して作る干し納豆。加藤清正が考案し兵糧に用いたと伝えられている。 |
納豆レシピ
納豆は日本生まれの発酵食品で、特有の薬効成分を有し、古来より日本人の健康維持に貢献してきました。納豆特有の筆頭成分「ナットウキナーゼ」は、納豆菌の繁殖によって粘り(糸)の中に作り出される成分です。ナットウキナーゼは酵素なので、加熱に弱く、有効に取り入れるには加熱しない料理がおススメです。一方、骨の強化に働くビタミンKは加熱に強い成分です。加熱調理が可能のため、調理の幅が広がり、納豆を使ったバラエティ豊かな料理を楽しむことができます。
納豆特有の効能を有効に取り入れるためには、含有されている成分の性質を考え、適した調理法で料理を作りましょう。