ぬかみそ
糠味噌漬けとは
糠味噌漬けの完成は江戸時代
糠味噌漬けは「米糠、塩、水を混ぜて熟成させたもの(糠床)で材料を漬けたもの」、糠漬けは材料を「米糠と塩で漬けたもの」です。糠味噌漬けもぬか漬けも、そのもとになる漬物は平安時代に誕生したと伝えられています。平安時代から米糠と塩を混ぜて作る糠漬けに近いものが漬けられていましたが、白米は一部の上流階級の食べ物であったため、米糠は貴重品であり、当時の漬物は味噌、塩、酢に漬けたものが主流でした。
糠味噌漬けが完成したのは戦がなくなり平和が訪れた江戸時代です。商業経済が発達して生活も豊かになるにつれて、貴族などごくわずかな一部の上級階級上流の食べ物であった「姫米(ひめまい)」と呼ばれる白米が一般食となり、その結果、江戸や京都、大阪などの大都市では米の糠が捨てるほど大量に出るようになりました。その米糠を捨てるのがもったいないと有効利用から誕生したのが糠味噌漬けで、米糠を大根漬けに利用したものがたくあん漬けと呼ばれています。
米糠とは
米糠は米を精米するときに除去される、玄米の外皮や胚芽部分です。糠にはビタミンB1、ビタミンB2、ナイアシン、カルシウム、鉄、カリウム、脂肪、たんぱく質、炭水化物、食物繊維などの栄養成分が豊富に含まれています。高い栄養成分がありながら、そのままでは食べられないため、長い間、その高い栄養価を評価されず、無用のものとして扱われてきました。『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(江戸時代前期の食物本草書 人見必大(ひとみひつだい)著)には糠の利用法として、漬け床のほかに、「味噌に糠を入れて和すると効能が多い」と書かれており、さらに「小糠は豆の粉(黄粉)に匹敵する」「通じをよくして、のぼせにもよい」と続けられています。無用のものとして捨てられていた糠ですが、その優れた効能はいずれ多くの人に認知されるところとなり、糠漬け(大根漬け)や糠味噌漬け誕生へとつながっていきました。
糠味噌漬けと糠漬けの違い
糠味噌漬けと糠漬けは、ともに米糠を使い、酵母や乳酸菌の発酵によって作られる漬物です。同じ米糠を主原料としながら、作る過程が異なることから、糠味噌漬けと糠漬けはまったく違った味の漬物になります。
糠味噌漬けは、米糠、塩、水を混ぜたものを発酵させて「糠床」を作り、その糠床に野菜を漬ける漬物です。野菜は干さずにそのまま使い、新鮮な野菜の風味に糠味噌の風味が加わることで、さわやかで香味のある味わいが誕生します。糠床を作る際に、あらかじめ捨て野菜を入れて乳酸菌や酵母を増やしてあるため、短期間で食べられるのが特徴です。
一方、糠漬けは米糠、塩のみで、水を加えないで作ります。塩の脱水作用と重しの圧力で材料に含まれている水分を抽出し、代わりに塩分やうま味成分を浸透させたものです。寒くなる頃に漬けられ、初めは乳酸菌や酵母がほとんどありませんが、暖かくなるにつれて少しずつ増えてくるので、長時間漬けるのが特徴です。糠漬けの代表的格はたくあんで、そのほかにも野菜類、イワシやニシンなどの魚介類が用いられます。
糠みそ漬け・糠漬けに大切な乳酸菌と酵母
糠みそ漬けで重要なのが乳酸菌と酵母です。野菜を塩漬けにすると野菜に含まれている糖分がにじみ出てきます。その糖分を栄養源として乳酸菌が増え、乳酸菌は酸味のもとになる乳酸を作り出し、一方、酵母は糖分を発酵してアルコールやエステルを作り出し、野菜にさわやかな香味をつけます。
糠漬けの独特の香りやうま味成分は糠自体に含まれる酵素の作用や、酵母や乳酸の発酵で糠の成分が分解されて生じるものです。
乳酸菌の性質
乳酸菌は通性嫌気性菌(つうせいけんきせいきん)といって酸素があってもなくても生育する性質を持っています。糠床で増える乳酸菌は、温度が10℃以下になると、生育が遅くなり、逆に温度が高いと働きが活発になります。糠床で乳酸菌が酸を出しすぎると酸っぱくなるので、そのような時はからし粉や卵の殻のつぶしたものを入れると、乳酸菌の働きを抑えることができます。これは殻のカルシウムが乳酸と反応して乳酸カルシウムになるため、酸味がおだやかになるからです。新しい糠や塩を加えても乳酸菌の活動を抑えることができます。
糠床は毎日かき混ぜること
糠床は毎日かき混ぜて、糠床の底と表面を入れ替え、酸素を入れることが大切です。特に暑い夏は朝晩2回かき混ぜましょう。糠床をかき混ぜずに長い間おいて置くと、糠床がむれたようなきつい臭いになってきます。これは糠床に棲む酪酸菌によるものです。酪酸菌は嫌気性菌(けんきせいきん)という酸素があると生育しない菌で、酸素の少ない糠床の底に棲んでいます。だから、毎日、底と表面を入れ替えて糠床の底に酸素を送り届けると、酪酸菌の働きを封じ込めることができます。
また、完成した糠床に白カビのような白っぽいクリーム状のものが表面に出てくることがあります。これは酵母の仲間で「産膜酵母(さんまくこうぼ)」と呼ばれるものです。産膜酵母は好気性菌(こうきせいきん)という酸素があると生育する性質を持っています。増え続けると味や風味に影響を与えるので、よくかき混ぜて酸素の少ない糠床の下の方に移動させ、増加するのを防ぎましょう。
糠床を休ませる時は
糠床の表面に塩を厚く敷きつめて、できるだけ密閉して冷暗所に置きます。また、冷凍袋などに小分けして冷凍庫にしまう方法もあります。いずれにせよ、乳酸菌や酵母の働きを休止させることが大切です。
糠みそ漬けは健康食
糠みそ漬けは低塩食な食べ物です。乳酸菌や酵母が豊富に含まれており、糠床にはビタミンB1がたっぷり含まれています。野菜の糠みそ漬けを食べると、野菜に含まれている栄養(カロテン、ビタミンC、食物繊維、など)に乳酸菌や酵母、ビタミンB1が加わることでバランスの取れた健康食となります。
糠味噌漬けに含まれる主な成分
米糠は米を精米するときに除去される、玄米の外皮や胚芽部分で、ビタミンB1をはじめとするミネラルや食物繊維などが豊富に含まれています。その米糠に塩と水を加えて発酵させた糠みそ漬けには、乳酸菌や酵母などの微生物の働きによって生み出されたさまざまな効能が含まれています。糠味噌に含まれる主な成分を紹介しましょう。
乳酸菌
糠味噌漬けには乳酸菌がたくさん含まれています。乳酸菌は野菜の中の糖分を使って酸味を作り、漬物の美味しさや香り、食品を腐りにくくして日持ちをよくするなどに働き、同時に、体の調子を整えます。乳酸菌は腸の中に棲みついて整腸作用を整え、コレステロール低下などに働きます。昨今では、胃潰瘍を引き起こすピロリ菌を抑える乳酸菌を入れた乳製品も作られています。よく手入れされた糠床には乳酸菌がたくさん含まれています。
ビタミンB1
米糠にはビタミンB1が豊富に含まれています。ビタミンB1は糖質を分解してエネルギーに変える働きを持っています。欠乏すると糖質の不完全燃焼物がたまり、長期に欠乏すると ※「脚気(かっけ)」の原因になります。神経や筋力の働きをよくする作用もあり、不足すると食欲不振・便秘・肩こり・むくみなどの症状や、イライラや不眠、記憶力低下などが引き起こされます。ビタミンB1は水溶性なので、薬剤で多量にとっても排出量が増えるだけなので、常食することが大切です。ねぎやにんにくなど硫化アリルを含む成分と一緒に取ると、有効に取り入れられます。
※脚気とはビタミンB1欠乏症の一つで、心不全と末梢神経障害を引き起こす疾患です。心不全によって下肢がむくみ、末梢神経障害によって下肢のしびれを発症します。副食物を取らずに白米だけを多食していた江戸時代に多く発症したため、「江戸わずらい」と呼ばれ、心臓の機能が低下して亡くなる人も多く、明治・大正時代には「国民病」として恐れられていました。経験的に白米からそばに主食を変えると快復に向かうことから、そば食が療法として用いられており、江戸でうどんよりもそばが主流となった背景には、脚気予防があったと考えられています。
抗酸化成分
糠味噌には酸化を防ぐ抗酸化性物質が含まれています。抗酸化物質とは酸化を抑える働きのある物質のことで、細胞の老化進行を遅らせたり、がんの予防にも効果があるといわれています。私たち人間は酸素を取り入れて生きていますが、その酸素の一部が体内で化学変化を起こして「活性酸素」を発生させます。体の酸化の原因はこの活性酸素によるもので、若い時は体内にこの活性酸素を撃退する抗酸化能力が備わっているのですが、年齢とともにその働きは低下していきます。それにつれて体の中が酸化していき、やがて動脈硬化などさまざまな病気を引き起こします。その活性酸素を抑える成分が抗酸化性物質。糠味噌に含まれる抗酸化性物質を日常的に取ることで、体内の酸化を予防しましょう。
ぬかみそレシピ
米糠で作る糠味噌漬けにはビタミンB1、乳酸菌などが豊富に含まれています。そのため、野菜を糠床に漬けると、野菜の持っているカロテン、ビタミンB2、ビタミンC、食物繊維などにビタミンB1が加わり、より高い栄養成分を取ることができます。また、肉や魚、大豆製品などを漬けると、野菜にはないたんぱく質や脂質を取ることができます。各種食材を糠味噌漬けにすると、食材の栄養素と糠味噌自体の栄養成分の働きで、体の調子が整えられます。漬物として食すだけでなく、糠味噌漬けにした食品を日常の献立に利用しましょう。ほどよい塩分や特有の香りなどがあり、糠漬けの食材を使った料理は調味料を使わなくても美味しくいただくことができます。